ありさとのたんぶら

エワート氏は、ソーシャルネットワーキングツールを使いこなす能力への企業の需要が高まっているとし、学生らはTwitterを「自己内省の訓練」として利用していると語った。

 だが学生の反応はさまざまで、TwitterやFacebookのようなサイトを正式なカリキュラムで活用することに疑問を呈したという。

オーストラリアの大学、Twitterを「必修科目」に - ITmedia News

作文や読解をケータイメールレベルから始める授業、ってのをなんかで読んだな(汗。日本の高校の話だったと思う。
英語の140字って日本語の140字と比べて長いか短いかワタシにはわかりませんが。公開の場で短文作文して自己表現のエクササイズはやっといたほうがいいとおもう。今んとこ注目されてる媒体、たとえばFacebookやTwitterが永続的だとは誰も思っちゃいないだろうけど、ネットそのものは1~2年でなくなるものじゃないからね。誰が見てるかわからない場で個人として発言していく方法論というか、最近の表現でいうと「自分を半開きにする」加減は、試行錯誤期間が必要だ。いきなりできると思わないほうがいい、とか言っちゃうのは、パソコン通信時代から不変だからですよ。

(via booksinflood)

「誰が見てるかわからない場で個人として発言していく方法論」では、そういった場に向き合う「姿勢」と角をたてない書き方の「技術」の両方を教える必要があるよね。

ただ、そういうのって場のローカルルールに縛られることもあるから難しい。昔のパソコン通信での「機種依存文字を使うと怒られる場合がある」とかそういうの。